死霊術師の弟子③(4/4) 失くしもの

すべての始まりはあの日の夜……宵闇の晩の出来事。
”わたし”は大切な家族と共に掛け替えのない日々を奪われた。
その夜から、わたしの罪は始まったのかもしれない。
求め焦がれ続けた日々を取り戻すために……。

……だけど。

そんな日々の中で……私がヘルメスになった後に、”私”は大切なものを見つけてしまった。
それはわたしを不定するモノ。わたしをわたしで無くすモノ。希望を奪うモノ……。
だから、わたしは遅かれ早かれ選択しなければならなかったのかもしれない。

これは過去に囚われ、その妄執故に狂気に至った私<わたし>の歓喜と後悔の記録、最後の項だ。




死霊術師の弟子③(4/4) なくしもの



「……寒いですわ」

白い息と共に言葉が漏れる。
目の前には建造中の巨大な街……オルシニウム。

……戻ってきてしまった……。
肌を刺すような寒さとやたらと響き渡る釘打ち音が、わたしに実感を感じさせる。

ため息交じりのわたしに横からダレンの呆れた声が聞こえた。

「まさかまだ防寒具を用意していなかったんですか?変性魔法はどうです?」

まったく、この男は……。
防寒具なしでこんな場所に来るはずない。
それに仮に防寒具なしでこんな場所に立とうモノならすぐに体温を奪われて凍死する。
丈夫さやマジカよりもまずこの地で必須となる事、それは保温力。それをこの数ヶ月で嫌というほど学んだ。
彼には私がこの地で何も学んでいないようにでも見えるのだろうか。
そう講義しようと声のほうを向き思わず噴出す。

防寒……などと偉そうに言う割りに自身の格好はあまりにも酷いモノだったから。
まず、彼の頭からすっぽりと覆いかぶさる様なクマの毛皮とクマの口から覗く怪しい金属製のマスク。
その姿はまるで背後からクマに捕まれ、頭から丸齧りにされている間抜けな兵士にしか見えない。

「貴方のそれは防寒具というより変装ですわね……」

そんな言葉で彼の自信満々の姿を一蹴した。
第一防寒性能の高さ云々以前にまともに動けそうにない。

「あはは……やはり評判がよくないですねこの仮面、伝統的なトリニマクの意匠だと聞いたのですが……」

やはり……という事は私意外にも誰かから同じ事を言われたのだろうか。
それでも懲りずにクマの変装をするあたりがダレンらしい。

私はそんな彼に溜め息を付きながら、だけど内心どこか微笑ましいと思えた。

「防寒具ならありますわ、ほら」

そう言って、フードの中に取り付けられたファーを彼に見せる。
他にも服の中にはエンチャウントを仕込んでいる。嵩張る防寒着と違い、エンチャントなら簡単に張り替えることができるし、
何よりただでさえ運動神経の鈍い私が色々着込めば遠征で致命的になる事は火を見るより明らかだ。
つまり、私が言いたかったのはどれだけ保温しようとどれだけ着込もうと、やはり外気に触れる部分などの根本的な寒さはどうにもならない。
結論から言うと寒いものは寒いと言う事と寒さは嫌いだと言う事だ。

「そうかしら?いい気候だわ。ひんやりとして。
 トリスの生まれは南ですものね。わからなくても仕方ありませんわね」

スティナの反論が聞こえた。
彼女とはいつも意見が真逆になる。わたし達はどこまでもまったくの対極なのだろう。
ダレンはスティナの話に共感できた様子で、

「ええ、私も好きです。スカイリムの北側の気候とよく似ていますよね」

そんな事を二人で話していた。

「……貴方達の感覚がわかりませんわ…」

ため息交じりに呟く。

「あら、もう10年くらいここで暮らせば慣れるのではないかしら?」

「い、いやですよ!10年もこんな場所になんて!」

スティナの言葉に、ぎょっとしながら私は答える。
こんな場所で10年も暮らしたら、それこそトリス・ザ・グレートオークになってしまう。
それにわたしには果たしたい目的もある。ずっとこんな場所に居着くわけにはいかない。

「暖かいのが好きなら、モロウウィンドあたりですかねぇ……ふむ、そうだな」
「モロウウィンドは灰が降ってるから好きではありません」

別に暖かいのが好き、というわけでもないが気候は過ごし易い場所に越したことはない。
モロウウィンドは確かに暖かいが、それだけであり灰が降り注ぎ活火山もある危険な土地だ。
それに外に出る度に灰まみれになるなど考えたくもない。

「じゃあ、どこならいいんですの?あれもいや、これもいやと・・・」

呆れた様子で疑問を口にするスティナ。
……そうは言われても、正直言ってすぐに思いつくものではない。

だけど、強いて言うのなら……

「そうですね……やはりオーリドンあたりでしょうか」

別にオーリドンが好きなわけではない。ただ、気候だけを考えればすごし易いと言うのは間違いないだろう。
実際にわたしはオルシニウムを後にしてもオーリドンには向かわなかった。
確かにあの土地の気候は良いものだと思う。
儀両親が住んでいなければわたしもあの地で過ごす事も悪くないのだと思う。

しかし、私がそこまで話すとダレンはふむ、と何かを考えた様子で

「結局は故郷から離れられないものなのですかね。
 故郷といっても色々あるでしょうが……」

そう答えた。
何か故郷について思う所があったのかも知れない。最近はヴァーデンフェルに浸り過ぎているせいで懐かしくでもなったのだろうか。
だけど、彼の言葉にはひとつだけ、わたしにとっての誤りがある。

「……故郷じゃないですわ。
 そんなもの、ありませんもの」

わたしはダレンの言葉の中の間違いを指摘し、不定する。
そう、わたしに故郷なんてものはない。
もしあるとすれば、それは既に失ってしまった大切な家族の傍だけだろう。

「そうですわね。
 故郷なんてものは、もう存在しなかったのでしたわ」

小さく俯きながら言葉を零すのはスティナ。
……そうだ。彼女も私と同じように家族……両親を……。
それも血を分けた姉の手によって……。

でも、やはり私には理解できない。
彼女が仇である姉を殺した所で何の意味が生まれるのだろうか?
それこそ、彼女自身の言っていた『両親が浮かばれない』という事ではないのだろうか。
そこまで考えて、やはり自分達は根底の部分は同じなのかもしれないと感じた。
どちらも自分の願いの為の行動なのだろう。
もしくは、姉の手による犠牲者を救いたいと本気で願っているのか、それとも……。
そこにあるのは責任感なのか欲望なのかはわからない。
だけど、もしその願いすらも私は自身の願いの為ならばいくらでも炉にくべてやる覚悟が必要だ。

「あまり好ましくない話題を持ち出してしまったようだ……失礼しました。
 気を取り直してギルドホールへ向かいましょうか?」

少し申し訳なさそうに尋ねるダレン。
私はダレンとスティナの後に続き、重い足取りで魔術師ギルドホールへと向かった。


城壁を思わせる巨大な扉の先。
魔術師ギルドのロビーで私達はスティナの用事が済むのを待っていた。
目前に広がるのは、ここ一ヶ月間嫌というほど見続けてきた風景。
石畳と独特の装飾で象られた”オークらしい”建物。
石造りと無駄に広い構造のせいか、室内ロビーであっても寒さを感じる。
吐き出す息は白く、窓の外ではちらちらと雪が降っているのが見える。
その光景は、まるであの日を思い出す。
ダレンに連れられて初めてオルシニウムを訪れたあの日を……。
違いがあるとすれば、それは今、ダレンが隣に座っているという事だろうか。
そして彼に代わって、スティナと支部長が話し合いそれを二人で待っているという事だ。
なんだか、不思議な感じがする。

私はオルシニウムに着てから、ダレンが居なくなるんじゃないかと感じた。
そして彼が居なくなる事に恐怖を感じた。

まるで何かを決心したかのような彼の表情。それは今でも忘れる事ができないでいる。

……だけど……。

だけど、不思議な事に彼は戻ってきた。
目的を果たしたのかどうかはわからない。だけどダレンは再び私の前に現れ、今隣に座っている。
不思議な感覚だ。
でも、私はそれが嬉しく、そして恐ろしく思えた。
わたしはきっとどこかで望んでいたのかもしれない。
彼が”戻ってこない”事を……。
だって、分かっていたから……。

彼が……いや、”彼ら”が居る事でわたしは悩み、苦しまなければならないって事を。
だって、わたしがわたしで居られなくなるかもしれなかったから……。

ふと隣に座るダレンを見やる。
そこに在ったのは、初めてオルシニウムに来た日と変わらぬ顔の大半をマスクで覆ったダレンの姿。

……そこに居るのは本当にダレンなのだろうか。
不意に頭には、そんな疑問が過ぎる。
何処か、”変わってしまった”ようにも感じられた。
ヴァーデンフェルに向かい、彼は何を見たのだろう。何を体験したのだろうか。それは私にはわからない。
だけど、私はこうも思う。
人は何かしらの段階で少しずつ変異していく。いや、変わらざるを得ないのだろう。
わたしが私になったように。たとえ望まなくても、認める事ができなくても。
私はダレンに視線を向ける。
そこに在ったのは、顔の大半を覆うマスク。
まるで在りし日を上塗りし、覆い隠すかのように……。

……私は結局、あの日からずっと置いていかれたままなのかもしれない。



ギルドマスターの部屋から出てくるスティナ。

「お待たせしました。用事は済みましたわ。
 ……辞令を手渡しするだけでしたし、ね」

スティナに「早かったですね」と労いの言葉をかけるダレン。

「ええ、ギルド員の一人を本部に呼び戻すとかで・・・その辞令をオルシニウム支部にわたす仕事を頼まれたのですわ」

スティナの話によると彼女の用件というのは本部からの伝達をオルシニウム支部へと届けるシンプルな仕事だったらしい。

「なるほど、入って間もないというのに面倒な仕事を押し付けられましたねぇ。済んだのならよかった」

スティナとダレンのそんなやり取りを聞きながら、私はふと小さな疑問が頭を過ぎる。
オルシニウム支部の人員は少ない。実際そのせいで私もここに呼ばれたわけだから。
故に私も高々十数名程度しかいないギルドメンバーの顔は大体把握している。
なら、一体誰が異動になったのだろうか?候補としてまず頭に浮かんだのは、炎のジャグリングを魔法だと言い張り何の役にも立たないオークの姿だ。

「それで、実際異動になったのはどなたです?あのジャグリングオーク?」

私は自分達の後ろで必死に炎のジャグリングに勤しむオークを指差しながら尋ねた。

「宛先のヘルメス氏がいらっしゃらなかったようで、賢者の方に預けてきましたわ」
「ぶほっ!!」

スティナの言葉を聴いて思わず噴出す。
ダレンは元々知っていたのか……どうかは知らないが、横で必死に笑いをこらえている。
……この性悪ダンマーめ。

「どうしたんですの?ダレンさん?」

怪訝そうに尋ねるスティナ。
私はこの現状を喜んでいいのかどうか今一わからないまま答えた。

「……ヘルメスは私ですわ……。
 色々あって、魔術師ギルドとか一部の登録名はヘルメス、ですの……」

そう、今の私の名前は”ヘルメス”だ。
だが、私はこの名前はあまり好きではない。今の父と母が”わたし”の存在を、そして両親の存在を不定する為に付けた、この名前が。

「え!?だって・・・ハイエルフの名前じゃありませんか・・・あっ」

しまった、という様子で手を口に当てるスティナ。

「私の引き取り手がハイエルフで、その人達が私に名づけた名前ですわ」

スティナに簡単に事情を説明した。
「・・・ごめんなさい」と申し訳なさそうに頭を下げてくるスティナに、正直私も反応に困ってしまう。

「い、いえ……そんな顔されると逆に困ってしまいますわ」

別に同情されたいわけじゃなかった。
両親の蘇生は不定するのに、どうしてスティナはそんな顔をするのだろうか?
それがわたしには分からなかった。だって、生き返らせることが出来れば、この悲しみだって捨てることができるのに。
謝られるよりも、わたしは多分、肯定してほしかったのだと思う。
わたしの存在を。わたしの在り方を……。

「名前は名前、ですよ。私もギルド員としての登録には本名は使っていません」

見かねたのか、ダレンが助け舟を出してくれた。
だけど、実際に彼の言う事は確かなのかもしれない。名前は所詮名前であり、その人物の本質ではないのかもしれない。

だけど、ならば……わたしはボズマーの両親の娘トリスなのだろうか、それともアルトマーの老夫婦の娘ヘルメスなのだろうか?

いくら考えたところで答えは出てこない。
だけどいくら名を代えたところで”わたし”はここにいる。
ヘルメスと名付けられ、ギルドの魔術師となった今でも私の中に息づいており、”わたし”で居られた日々を求め続けている。
それは願いであり、そしてまるで呪いのように。


その後、私達はスティナの仕事を兼ねて、私の仕事っぷりの監修を行うことになった。
目的地はスコゾットの聖域。かつてオークの死霊術師スコゾットが拠点とし研究を続けていたと言われる遺跡だ。スティナはそこで採取するモノがあるらしい。
そんな場所での採取品なんて全うなモノとは思えないが、正直、それはどうでもいい。
今回の目的地に選んだスコゾットの聖域は、仕事で一回行った事のある場所だ。
ある程度の知識と地理は頭の中に入っている。つまり、これはどういう事かというと

「DOGEZAの準備をしておくことですね!」

今から彼らの土下座っぷりが楽しみであるという事。
正直、嫌というほど何度も訪れたスコゾットの聖域での仕事。それは最早私にとっては朝飯前だ。

「アイレイド遺跡ですのね」

「作ったのはアイレイドでしょうが、それを利用していたのはもっと別の種族でしょう」

訪れた遺跡を物珍しげに見つめながら呟くスティナにダレンが答える。

「なにせこれだけ古いのですから……そう考えると少し気味が悪くなりませんか?
 歴史の中で消えていった種族の意思がこもっていると思うと」

「何も残りませんわ。・・・さもなければ、このタムリエルはそんな存在でいっぱいですわ」

「あながち変なことでもないかもしれませんよ?お二人も目にしたことがおありでしょう、亡霊だのスケルトンだの……」

「あれはただの動く亡骸でしかありません。生きてた存在そのものでは決してないのです」

そんなダレンとスティナのやり取りを聞きながら、私達は進んでいく。
何も残らない、か……。
スティナの言葉は最もなものだ。歴史の中に埋もれ、消えていった彼らの後には何も残らない。実際に亡霊もスケルトンもただ与えられた役割を果たすためだけに機械的に動く存在でしかない。
そこには”それら自身”の意思は関与しないのだから。

「連中に意思などありませんよ。ただの出来損ないです」

私は二人の会話に割って入るように小さく呟く。
そう、彼らに意思はない。
魂を持たず、ただ命じられるままに動くそれはドゥーマーの機械人形と大差ないのだ。
違いがあるとすれば肉の体か否かそれくらいだろう。

「ほう?……興味深いご意見ですね
 では、彼らを動かしているものは一体何なのでしょうね?」

私の言葉が引っかかったのか、ダレンはどこか棘のある質問を口にした。

「彼ら…スケルトンを動かしているもの?
 モノによって違うかもしれませんが、その殆どは術でしょう
 ……でも、それは所詮、スケルトンやゾンビの話……。
 どこまで行っても亡骸は亡骸ですわ。そこに意志など介在しません」

それがわたしの見解だ。
連中はただの死体であり、モノに過ぎない。意思もなければ意識もない。
ただの傀儡かこの遺跡のシステムのひとつに過ぎないのだ。

「なるほどたしかに一般的な魔術の理屈で言えばそうでしょう。
 ……では、その術者はどこへ?」

「興味はありませんわ。わたしが興味あるのは動くだけの死体ではなく自我を保てる存在。 リッチなどの上位アンデットのさらに上を行く存在だけ……。
 雑魚に興味など毛ほどにもありませんわよ」

こんな問答は、私にとって無意味以外の何者でもなかった。
彼ら……いや、あの無機質な腐肉の塊共は、私の求めるものではないのだから。

「トリス……
 貴方は、あんなものになり果てるつもりなのですか?」

リッチという言葉が気になったのだろうか。
会話に割り込むように、不安そうなスティナの声が背中ごしに聞こえた。

「……必要があれば。でも、私が究極的に求めるのは”人”ですわ。
 あるいは人に限りなく人に近いアンデットの創造か……」

私は、振り向く事なく背後のスティナに答えを告げる。
上位アンデット、リッチ……この言葉に、研究の為に人外の存在となってしまった姉の姿を重ねているのだろうか。
もちろん、わたし自身が自らそうなろうとは思わない。
だけど、それが必要なら……人外の力が、知識が必要だと言うのならば、わたしは人を捨てる事など厭わない。
たとえどのような怪物になろうとも、わたしは目的を果たす。諦める事などできない。
諦めてしまえば、今までの悲しみも苦しみも、そして”わたし”という存在そのものすらも不定する事になってしまうのだから。

「人が人であることをやめようなど、おこがましいですわ。
 トリス、考え直すべきですわ」

何度も聞いた言葉でありながら、その言葉はわたしの胸を抉る。
スティナは”わたし”の在り方を、”わたし”の存在を決して認めてはくれない。
きっと、どこまで行ってもわたしたちの考えは交わる事はない。どこまでも平行線なのだろう。

「わたしは取り戻したいものを取り戻す。それだけですわよ」

スティナを突き放すように、背中越しにそれだけを伝える。
視線を向けることはできなかった。
恐ろしかったから。わたしがわたしで居られなくなる気がしたから。
決意が揺らいでしまう気がしたから……。

「ああ、まったく……」

苛立ちを含んだダレンの呟きが聞こえた。
視線を向けると、呆れた様子のダレンが珍しく声を荒げている。

「想いや覚悟ばかりで目的が果たせるのなら、とうに貴女方は目的を達しているでしょう。その盲目さが道を狭めているということに何故気づかない!」

「な、なんですの……?
 別にわたし、盲目だなんて……」

ダレンの様子に驚き、わたし達は言葉を失っていた。
ようやく搾り出した言葉も、それが精一杯だ。
しかし、そんなわたしたちを他所に、ダレンは言葉を続ける。

「貴女は、学ぼうとしているものの実態についてあまりに無知だということですよ。
 魔術師ギルドの禁忌たる死霊術が、ただ教えられて手順通りに行えば望む結果を得られるような、単純な魔術だとでも?」

「そ、そんな簡単には思っていませんわ!」

普段とはまったく異なるダレンの様子に、気圧されながらも私は答えた。
しかし、今度は背後からスティナの問いかけが聞こえる。

「死霊術は万能ではないのですわ。…それがわかって?トリス?
 死霊術では、あなたの両親は救えないし、トリス自身も救えないのですわ」

その問いかけは、わたしを不定する言葉だ。
確かに、スティナの言葉は正論を得ていると思う。
だけど、だからこそ、わたしはその言葉を認めることはできない。

「救えない? 貴方はわたしの何が救いだっていうの!? わかったような事を言わないで!
 貴方は何!?聖職者のつもり!?教えでも施してわたしを救いたいと!?」

変わらず、スティナに視線を向けることはできずにいた。
どれだけ言葉で飾ろうとも、わたしは私の弱さを認めることができずにいる。
しかし、それでも背中越しに聞こえるスティナの言葉は、徐々に近づいてくる。

「私は治癒師ですわ。
 …失格と嗤うのなら嗤いなさいな。愛を語る神官のくせに復讐を誓うできそこないですわ」

そして、スティナはわたしの前に立つと、諭すように言葉を紡いでいった。

「”不可能である”ことは、”簡単ではない”とは大きく違いますのよ?」
「だからってあきらめられるわけないでしょう!
 そんな簡単に捨てられたなら、わたしはここには居ないわ!
 わたしはわたしの願いのために行動する!
 それを貴方にどうこう言われるのは余計なおせっかいというものだわ!」

不可能だと知って諦められるようならば、もっと楽だっただろう。苦しまずに済んだだろう。
そして、この痛みも、苦しみも、何も知らないくせに軽々と語ってみせるスティナの事が心の底から憎いと感じた。
そして、彼女は最後にこう言った。

「ご両親の形を模した人形でままごとをしてそれであなたは幸せなのですか?」

……と。
わたしにとって、それはわたしの行動すべてを不定する言葉。
だけど、本当は心の何処かで解っていた。両親は既に”この世界”には居ないという事。
だからこそ求めた、両親の魂を。傀儡ではない本物の……意識を持つ家族を……。

「ち、ちがう!わたしが望むのはそんな不完全なものじゃない!」

わたしは必死に不定する。今までの苦しみを無意味なものとしないために。
わたしの願い、わたしの夢、わたしの生きる証、存在証明とも呼べるそれを失わないために。

「では完全なものにするために何を捨てるのですの?自分自身の命?それとも、オーリドンのエルフたちを材料にでも使いますか?」

「必要ならばその全てを捧げてやりますわよ!
 わたしには貴方の望みも願いも、塵ほどにしか思っていませんわ!
 だけど、だからこそどうでもいいのですわよ!
 貴方の願いを奪い去ることだって厭わないし、貴方たち全員を敵に回したってかまいませんわ!」

そう、それがわたしの意志だ。
自分の願いの為ならば、他者の願いを踏みにじる事も命を奪う事も厭わない。
たとえ、それがスティナであろうとも、ダレンであっても、ミーナや師匠だろうとも。
わたしの邪魔をするのならば、消し去るだけだ。弱く邪魔な”私”と共に。
そうだ、それこそがわたしの望み。わたしの願い。わたしの在り方なのだ!

「『他人の望みなどどうでもいい』……ええ、まったくその通りです。」

「しかしトリスさん、先ほどからの貴女のその言葉を聞いていると、貴女自身が『止めてほしい』と願っているようにしか聞こえませんよ」

ダレンの指摘は、すべて的を得ていたのかもしれない。
私は、どこかで『止めて欲しい』そう望んでしまっていたのだろうか。

「……ッ!
 ちがう!わたしはそんな事望まない……!わたしの望みはひとつだけ……!」

だからこそ、わたしは心を乱す。”わたし”の在り方を信じることができなくなる。
彼らの存在は、”わたし”を壊していく。

「何をそんなに喚き散らすことがあるのです?『他人の望みなどどうでもいい』ええ、そのとおりだ。それこそが魔術師の態度というものだ。
貴女は私たちの言葉に気を逸らし過ぎている。
そして貴女は盲目になるあまりに誤解している。
以前にも言ったでしょう。トリス、私は貴女が望みを叶えることを阻もうなどとは思っていない。
……スティナさんにはすまないと思いますがね。私は魔術師として、貴女が死霊術を完成させるのを見てみたいと思っています」

そう強く語るダレンの表情。露出した口元が醜く歪んだ笑みを描いている。
それがダレンの本質だったのかもしれない。
いかにも魔道の者といった探究心の塊。
いや、もしかすると彼には彼自身の目的があったのかも知れない。ヴァーデンフェルに戻ってまで求めた何かと……だけど、それはわたしにはわからない。

「しかし、このオルシニウムの地で貴女は何をしていたのです?
 本当に、貴女の目的を叶えるための努力をしていたと言えるのですか?
 見てください、このおぞましい屍たちの群れを。これはオークの悪名高き死霊術師、スコゾッドの手による作品です。
 魔術師としてはあまり知られていませんが、オークには、死霊術師が多い。
 信仰の関係上、抵抗があまりないのでしょう」

そう言いいながら、彼の指差した方向には夥しい死霊の群れがいた。

「ダレンさん・・・・まさか貴方・・・知っていてトリスを・・・っ!」

驚きを隠せない様子のスティナ。

「確かに死霊術師の遺跡でした。だけれど、そこに何がありました!?
 そこにあるのは失敗作の群ればかり。見飽きるほど見てきた存在ばかりでしたよ!」

そう、彼の指差す夥しい量の死霊もこの遺跡も嫌と言うほど散策し、調べつくした。
ここには手がかりなんて何もない。あるのは遺跡を彷徨い、侵入者を食らい、殺すための半場システムと化した存在だけ。意思のない傀儡だけど。

「ああ、失敗作失敗作と……では貴女は"成功した"死霊術というものを、その目で目にしたことがあるのですか?」

そんなダレンの問い掛けに、わたしは答える事はできなかった。
それは問題の本質を示していたから。

「当然です……そんなものはないのだから」

それがダレンの答えだった。
元々死霊術と呼ばれる魔術は、死者を使役するためのもの。
本来の使い方としてはスティナの言う”家族を模した人形でままごと”を行う事だけが積の山だろう。
そんなこと、わかりきっていた。

「……貴方もスティナと同じようにあきらめろと言いますの……」

絞り出すように、わたしは呟く。
もし、それが出来ていたらどれだけ楽だっただろうか。

「それが誤解だというのです、トリス
 死霊術を学ぶということは、すなわち新たな魔術を完成させることと等しい。
 そのためには、誰かに教えを乞うだけでは到底足りないのです。貴女自身が道を切り開かなくては」

ダレンの言葉は何処までも正しく、的を射ていた。
だからこそ、苦しかった。だからこそ、痛みを伴った。
わたしの求めるモノは死霊術の更に先にあるモノだ。

―……デイドラよりも邪悪で恐ろしい深淵の先に進むか……―

不意に頭を過ぎるのは、師匠の最初の言葉。
そう、わたしには足りなかった。大切なものが欠けていたのだ。

「……わかっていますわよ」

小さな呟きが漏れる。
そう、それはずっと解りきっていた事で、それであって目を背け続けていた事。

「本当に?今の貴女には到底それができているとは思えない」

そう、今のわたしには無理だ。
それは嫌というほど思い知っている……。実際に今まで何度も思いながら、結局何もできないでいる自分が居たのだ。

「……わかっていますわよ……覚悟が足りていない事くらい」

そう、わたしに最も足りないのは覚悟なのだろう。
彼の言うとおり、わたしは何処かで『止めてほしい』、そう願っていたのだろう。
弱い心を捨て去る事が、彼らへの想いを捨て去る事ができず、どっち付かずの中にいた。
虚勢を張る事で自分を誤魔化し、堕ちて行く事を拒んでいた。
終わらせなければいけない。この日和見ごっこを終わらせ私はわたしに戻るべきだ。
そうしなければ、やはりすべてが無意味になってしまうのだから。

「引き返せない一線を超える前に退きなさい、トリス」

ダレンを庇うように、わたしの前にスティナが立つ。
対面し、対峙するかのように。そう、どこまで行ってもわたし達の意見が交わる事はない。

「あの愚かな姉が引き起こした、忌まわしきヴァクトマイステル家の悲劇を再生産するだけですわ!あんなのはもうたくさん!」

スティナの悲痛な訴えが聞こえる。
それはスティナの願いなのだろう。だけど……。

「そんなこと、知ったことではないわ……
 それが、願いを叶えるための一線だというのなら……わたしは喜んで犠牲を強いるだけ……。
 引き返せない一線……?必要なら超えるだけよ」

「……あの苦しみを知りながら、それでもなお同じことを他人にできるというのですね。
 ……率直に言いましょう、狂ってますわ」

失望した、と言った様子でスティナが言い捨てる。
だけど、それが何だというのだ。他人の事など関係ない。スティナの事も同じだ。
どう思われようと構うものか

「ええ、狂ってるわよ。わたしの望みを聞いたときに思わなかった……?」

そう、わたしは最初から狂っている。
まともな振りをして自分をも誤魔化して……。
ヘルメスを……”私”という存在を作り出して自分の本質に蓋をしていた。
だけど、そんなものはもういらない。わたしこそが、この狂気こそがわたしの本質なのだから。
だから……。

「ねぇ……わたしは、わたしで居るために……」

だから……これは、せめてもの私の願いだ。

「……わたしで居るために、貴方達を殺してしまうかもしれない。ううん、どこかでそれを望んでいる所もあるの……。
 だから、これ以上……”わたし”に近づかないで……」

これ以上わたしの中に、踏み込んで来ないで……。
できる事ならば、たとえ弱さを切り捨てるためであっても、彼女たち自身を殺す事はしたくない。それはせめてものわたしと私の妥協点。
そして、願わくば二度と会うべきではないのだ。

「それとも、どこかで望んでいたの?
 わたしを救えるって……?貴方の思いやりがわたしを救えるって……?」

わたしは尋ねた。
少しの沈黙の後でスティナはゆっくりと息を吐くと、ハッキリとした声でこう言った。

「救わねばなりません。それが治癒師の、神官としての務めです。…そうでなければ、無理やりにでも止めねばなりません。」

まっすぐわたしを見つめるスティナの瞳。
その瞳を介して見えたのは、自分自身の怯えた表情。
もしかすると、心の何処かで私は願っていたのかもしれない。
私は何処かで彼女に救われたい、自身を止めて欲しい、そして、この呪いを解いてほしい……そう願っていたのかもしれない。
だけど、そうなればわたしは……わたしの生きて来た意味は、存在意義は……!
わたしはゆっくりと腰に下げた短剣へと手を伸ばす。自分の中に生まれた恐怖をかき消すために。そして、わたしはスティナに言い放った。

「無理ね、わたしはわたしで居る事をやめられない。
 わたしは望みを叶えるまでは何者にもなれない。たとえ、殺されてもね」

そう、わたしはこの願いを捨てる事などできない。たとえどれだけ悪徳に染まろうとも。
そして今、彼女達はまさに”わたしの弱さ”の象徴そのものだ。
ならばそれを消し去らなければいけない。わたしが私である事を捨て去るための第一歩として。
いずれ、覚悟を決めなければならない。選択せねばならない。
最初から決まりきっていた事だ。ならばわたしは最初と何も変わらぬ答えを選び抜く。

「……それでこそ魔術師というものです。もっとも、その時に命を落とすのは貴女の方でしょうがね、トリス。
今はまだ。試したいというなら私は止めませんが」

ダレンは何処か楽しそうに露出した口元を歪ませていた。
その視線をスティナに向け、何かを伝えようとしているようにも見えた。
だが、そんな事などもう、どうでもいい……。

「邪魔をするなら…?
 その剣を私に向けますか?」

スティナの問い掛けに、わたしは腰に携えたダガーの柄を握る。それがわたしの答えだ。
そしてわたしは、逆にスティナに問いかけた。

「ねぇ、師匠にはなんて伝えてあげようか?オルシニウムで行方不明になったって……それでいいか、なっ!?」

そのままダガーを引き抜き、スティナに突きかかった。

「偉大なるエイドラよ・・・かの地から、私に力を」

スティナの詠唱と共に眩いオーラが彼女を包み込み、そのままわたしのダガーを弾き飛ばした。

……エイドラの障壁!?

そう、彼女は復讐鬼に身を落とそうとも聖職者。
エイドラの加護の使い手だ。

「いつ終わったといいました?」

そう叫ぶや否や、その手に光の槍を生成し投擲する。
エイドラの加護を刃に変えた光槍はわたしの頬を掠り、地面にぶつかると四散した。

威嚇……それは最初から当てるつもりなどない一撃だったのだろう。
どこまでも彼女は甘い。わたしは敵なのだ。刃を向け合った時点で殺すか殺されるかだけだ。

わたしは体制を立て直すと、腰に差したもう一本のダガーを引き抜く。
クリスタルで作られたソレは、”彼女を殺める為”には使いたくない、そう内心どこかで思い、使用を拒んでいたモノだ。
……そして、この状況もすべてわたしの弱さが生み出したモノなのだと再認識した。
だから、わたしはダガーを……大切な”仲間”だった者が送ってくれたこの刃を彼女に向ける。

わたし自身が自分の甘さを……弱さを捨て去るために。

そしてわたしはスティナに斬りかかった。

「同じ手が通用すると思いますか?ギルドの演習ではないのですよ?」

スティナを守るエイドラの盾がマジカの奔流となり、ダガーの刃を砕く。
そう、それはまるで”私”の願いを叩き砕くかの如く。

だけど、わたしの願いはまだ砕かれてはいない。

「それは囮です」

わたしは詠唱を終えたデイドラのクリスタルを彼女に腹部に向ける。

そう、すべては最初から仕組んだ戦略だ。
最初の一手で彼女の優しさ……いや、甘さを汲んだ。
だから、わたしはその裏をかく事にした。本気でわたしを殺しに来ないというのならば、その甘さを突くだけ。
わたしはダガーで彼女で斬りかかりつつ、もう片方の手でエイドラのクリスタルを召還していたのだ。
そう、”ダガーは所詮囮に”過ぎない。
刃が砕かれ、粉々になった破片が宙を舞う姿を見て、わたしはこう感じた。


           -……ようやく弱さを捨てられた……-

……と。

そしてわたしはスティナの胸元に突きつけたデイドラのクリスタルを放つ。

……はずだった。
しかし、その瞬間、頭を過ぎ去ったのはドレモラの凶刃に胸を貫かれ、光を失いゆく母の瞳。
視界に入ったのは砕けたダガーの柄……『ジェルソミーナ』と書かれた銘。

……わたしは最後まで”私”を……仲間を……弱さを……捨て去ることができなかったのかもしれない。
放たれたクリスタルは、スティナを撃ち抜くことはなく、腹部を浅く抉り飛び去っていった。

「ッ!」

がっくりと膝を突くスティナ。
脇腹を押さえる手の隙間からは、朱い液体が零れ落ちていく。

「あ……ああ……スティナ……」

私は恐怖した。
自分の所業に、彼女を殺そうとし、それを願ったわたし自身に。

「…どうしたのですか?そんなにうろたえて」

額に冷や汗を浮かべながらも不敵な笑みを浮かべるスティナ。

「……ッ!
 い、今……殺さなきゃ……ここで……!」

わたしは再びデイドラのクリスタルの詠唱を行う。
いや、なんでもいい!兎に角彼女を倒さなければ!!
しかし恐怖と焦りはわたしを支配し、魔法の詠唱を妨げる。
そんな状況が余計に焦りを生み出し、わたしは半場パニックに陥っていた。
スティナはそんなわたしを嘲笑うかのように、冷静に自身に治癒魔法をかけ傷を塞ぐとわたしの喉元に杖先を向けた。
わたしはとっさに距離を取ろうとするも足が縺れ、その場に腰を着くという醜態をされしたしまった。

「…投了なさい。
 でなければ、両親と出会う前に、胴体と別れることになりますよ?」

「……わたしが素直に頷くとも……?」

そう言いながらわたしは彼女の顔に視線を向ける。
そこにあったのは狂喜に満ちたスティナの表情。
まるで歓喜に満ちているかのような、歪んだスティナの笑み。

―……ああ、やっぱり……―

「狂ってるじゃないですか……」

言葉が漏れる。
それは歓喜と共に訪れた失意。
彼女もまた狂気の中にあり、やはりわたしを不定する資格なんて最初からなかったのだ。

「―…ッ!」

言葉を聞いたスティナは見る見る青ざめ、動揺しているのが手に取るようにわかる。
わたしはそのまま喉元に突き付けられた杖先を……刃のように鋭く磨かれた宝石を掴んだ。
掌から零れる朱い液体が、腕を伝いぽたぽたと小さく地面を濡らしていく。
それはまるで涙滴のように……。

煩わしさを感じ、憎みながらも心の何処かで、私は願っていたのかも知れない。
彼女は違うと……。人を守るために、救うためにわたしと刃を交えていたのだと。

他者を癒し救う治癒師という顔の裏側の復讐者。
最初から矛盾していた。最初からわかっていたはずだったのに。
彼女が煩わしく、そして大切に感じてしまったのは、たぶん彼女にはわたしでは決してなれないような……どこか崇高で純粋なモノを感じていてしまっていたからだと思う。
だから、今の彼女の姿は、許せなかった。

でも、きっとこれがわたしの望んだ事。
彼女の矛盾を剥ぎ取り、その本性を晒す事により”わたし”はようやく彼女を認めることが出来たのかもしれない。
不意に頭を過ぎるのは、ボーンゴーレムとの戦いで傷つき倒れた私を命がけで助けようとした治癒師の姿。
その姿がまるで、泡沫の幻想であったかのように消えていく。

「…違います!違いますったら!」

慌ててふためき必死に不定するスティナ。
でも、わたしは確かに見た。わたしの喉元に刃を向ける狂気に満ちた瞳。歪な弧の字を描く口元。まるで血を求める獣のような彼女の姿。

「私はあの女とは違う・・・違う・・・」

まるで、うわ言のように言葉を繰り返す。
おそらく”あの女”というのは彼女の追う仇、自身の姉の事なのであろう。
研究の為に一族郎党皆殺しにし、実験材料とした狂気の存在。
力を求め、それを体現する事に取り憑かれた存在。目的の為ならば手段を選ばない非道の者。
そして、それは彼女の姉もわたしも……そして彼女自身も同じなのだろう。
どれほど言葉を取り繕おうとも本質は何も……

「……違わないわ。貴方も歪んでしまっている。わたしと同じ。
 そんな貴方がわたしを諭し救う……?無理よ」

そう、スティナにその資格はない。
私もそれは望まない。彼女にわたしを救うことなどできるはずがない。

「う、うるさい!」

顔をあげたスティナの瞳に宿っていたのは怒りと憎しみ、そして耐え難い悲しみの色。
直後、腹部に強い衝撃と痛みが走った。
完全に油断していた……。
やはり、わたしは肉弾戦には向いていないらしい。
ガクリと身体が崩れ落ちる。意識が徐々に遠のいていくのを感じる。
肩で息をしながら、憎しみに満ちた形相でわたしを見下ろし、睨み付けるスティナ……。

しかし、そんな彼女の姿を目にして笑みがこぼれた。
そう、どんなに拒んでも、事実はかわらない……。

「わたしの願いも貴方の奥底に渦巻くモノも何も違わない……ただの純粋な欲望……」

それが彼女の姿だ。わたしと同じだ。
両親の仇を討つ為、誰かを救うため、そんな言葉は免罪符に過ぎない。
結局自身を突き動かすのは自身の願い……欲望だ。
そう、何処までも純粋で、どこまでも淀んでいる矛盾。
それを認められない限り変わることはない。何処までも”あの女”と同じであり、そしてわたしと同じなのだ。
それは、私自身も認めたくなかった事実。
彼女だけは”救う存在”であって欲しかった。”私達”とは違う存在で在って欲しかったのに……。

「……どうやら、一先ずの決着はついたようですね」

不意にダレンの声が聞こえた。
一体、どこで傍観していたのだろうか。

「貴女に私の何がわかるというのです……」

スティナはどこか悲しそうな瞳で小さく呟くと、杖をわたしに向ける。
そして、遠くなる意識の中で懐かしくも暖かい光がわたしを包み込んだ。
あの日、ボーンゴーレムとの戦いで死に掛けた時に見たのと同じ光だ。

「な……んで……?」

わたしの意識は、そんな疑問を零しながら途絶えた。

朦朧とした意識の中で聞こえたのはスティナの声……。


         ―……貴方が堕落したのなら、その時こそ、私は神官としての仕事を全うするでしょう……―


その言葉はわたしに向けられた言葉だったのか、ダレンか、それともスティナ自身に向けた言葉だったのか。




時折、わたしは夢を見る。
両親と共に旅をして、狭いベッドで温もりを共有していた頃の……”わたし”だった頃の夢を。
師匠やダレン、スティナやミーナ達、泊り木のメンバー達と共に生きている”私”の夢を。
そしてそのどちらも結局は儚く覚めてしまうのだ。
まるで泡沫のように、最初からそこには無かったとでも言わんばかりに……。

結局、私<わたし>は、そのどちらも失ったのだ。
あの日、気がつけばわたしは宿屋のベッドの上に寝かされていた。
そこには既に二人の姿はない。
また私だけが取り残された。
いや、違う。わたしが彼らを捨て去ったのだ。
自分の弱さと共に……。

それからすぐの事だった。荷物をまとめてオルシニウムを離ようとするわたしの元を一人の男性が尋ねてきた。
彼は配達員である事を名乗り、一通の手紙を手渡してきた。

「本当は発送数日で届けたかったんですが、お客さん冒険者でしょう?
 定住していない方に手紙を届けるのはなかなか大変でね。
 配達が一ヶ月以上経ってしまった事は多めに見てくださいな」

彼はそう言うと、足早に去っていった。
封筒に書かれた差出人の名は、ドラヴィス・アレン……。
一ヶ月以上前となると、彼がヴァーデンフェルに旅立ってから暫くしての手紙だろう。

『トリス様へ
 ロスガーでの仕事の調子は如何ですか?』

そんな一文から始まる几帳面な文字にダレンらしさを感じた。
そして、手紙にはこう書かれていた。

『この手紙をヴァーデンフェルから書いております。そこでお誘いなのですが、よろしければトリスさんもヴァーデンフェルへいらっしゃいませんか?』

それは彼なりの気使いだったのかも知れない。
オルシニウムの中に取り残してきた私への……凍えるような孤独の宵闇を彷徨うわたしへ手を差し伸べようとしてくれたのかもしれない。

―……私の前から絶対いなくならない事!約束ですから……―

不意に頭を過ぎるのは、オルシニウムでの約束。
わたしはこの時、初めて失ってしまったものの大きさを痛感した。

今の現状、これこそがわたしの願っていた事のはずだ。
それだというのに……。
胸を締め付けるような痛み。視界がぼやけ、掌に熱いものが零れ落ちる。ぽたぽた、と……。
零れ落ちた滴は、掌の傷に巻かれたバンテージを濡らし、侵していく。

嗚咽が零れた。
失ってしまったものに対して。捨て去ったものに対して。

わたしの故郷は……居場所は、もうどこにもない。
痛みだけがわたしを侵し、支配していった。
どうして今になって、これが届くんだよ……。
留まる事無く、どこまでも溢れ続ける涙。
わたしはただ、嗚咽を漏らし、泣きじゃくる事しか出来なかった。

  • 最終更新:2017-09-21 13:18:26

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